※地図の説明

 下の地図は、現在の地図に江戸時代の区割りを重ねたものです。
三の丸の左側にある南北に流れている運河は、疎水と呼ばれています。 これは、大正時代の終わりに開削された運河ですので、江戸時代にはありませんでした。 疎水の開削と同時に中堀も埋め立てられました。
現在、この疎水を、外堀とよく勘違いされます。

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